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ring the bell

A BOTTLE OF BEER MAKES THE HEAD CLEAR

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it don't mean a thing
sabinuki
Apr 23 '14

不採用

10日ほど前に職場で思わぬ欠員が出来てしまい、その穴埋め業務に従事しています。もちろん、いままでのシゴトをやりながらなので、代わりの人が見つかるまでの辛抱とはいえ相当キッツイ。

ハローワーク等の経由で求人応募の問い合わせはケッコウあり、わたくしが確認しているだけでも6人が面接を受けた様子です。昨日の夕刻、上司のデスク周りをチラ見したら、新たな履歴書がありました。そこそこの大学を出た人だし、勤務経験もあるし、まじめそうな顔写真だし。けれど、上司は一言「不採用」と仰せで、事務員さんにその通知文書を作成させていました。あうあう。

だれでもいいから採用はよ。

とは申しませんが、なんかこのままズルズルこき使われている状況から一刻も早く脱したいのであります。わたくしには採用不採用の判断基準がよう分かりまへん。

Apr 21 '14

連休と納期

あと1週間耐えたら連休

でも月末の納期気になる

とにかく今週の金曜までに原稿仕上げないと

抱えてる原稿は4本

時間が圧倒的に足りない希ガス

ツライ

あと1週間耐えたら連休(最初に戻る)

Apr 17 '14

テレフォン・ノイローゼ

寝ても覚めてもシゴトのことばかり考えて、このまま定年までお先真っ暗などん底人生なのかと思うと悲しくなってきました。

ドジバカマヌケと罵られるのは仕方ないにしても、昼夜構わずかかってくるシゴトのデンワに悩まされています。docomoのガラケーが鳴るたびに心臓が止まりそうになります。

テレフォン・ノイローゼ。

数日前は22時半過ぎに八つ当たりのようなお小言のデンワをありがたくも頂戴し、パタッと思考が停止し、デンワが終わった後はベッドの中でわけもなく涙が出てきました。

はやく年金生活者になりたいものです。

Apr 16 '14

フォーク1本問題

さいきん時間調整のために駅構内のコーヒースタンドを利用するようになった。

390円でコーヒーとトーストと付け合わせの野菜、卵、ベーコンなどが皿に乗っかっておる。なんちうこともないモーニングセットである。

まあこの価格の製品に文句言うのも野暮っちゃ野暮なんだけど、じつに食べにくい。ツルツルした平たい皿にドレッシングのかかったレタスが数枚。コレをフォーク1本で刺して食うだけでも一苦労なのでる。あまつさえ、スクランブルエッグとベーコンとケチャップも成敗しないといけない。

個人的にこのテのモーニングは、パンに具を挟んでサンドイッチ状態にして食べる主義なのだが、これらのパーツをフォーク1本でパンにのっけるだけでも一仕事なのである。すっげえやりにくい。

皆さんにお聞きしたいのだが、こーゆーの食べるの苦じゃないの?

わたくしはフォークとナイフ二刀じゃないと皿の料理が上手く口に運べない鈍臭いニンゲンなのである。フォークで支えてナイフでサポートしないとどうにもこうにも食えないのだ。

その代わり、フォークとナイフがあれば大抵のものはチャンと食える。肉でも魚でも野菜でも、二刀で支えると適量が口に運べる。大昔、フォークの背中にご飯をのっけるのがダサいだなんだと言われてたけど(今も?)、あれは理に適った食べ方だと思う。最後の一粒まで皿の白飯か食える。フォークだけだと残さず全部食うの無理じゃね?

箸というのは、この二刀の役割をコンパクトにまとめた優れた道具なのだと今更ながらに実感した次第。 さて、コレ食って行きたくねえシゴト行くか。
Apr 16 '14

プラトニックな夢

拙ブログでは、筆者の見た夢を時々掲載している。あとで読み返すと、じぶん自身の分析に役立つため、超個人的メモとも言える。

さて、今朝の夢の中にとある実在の男性が出演した。これで2度目だ。前回の登場は4,5年前だったと記憶している。その時もブログ記事に書いた希ガス。

その男性はかれこれ10年以上前からの友人である。容姿も性格も申し分ない人物(俗にいうイケメン)だが、恋愛に発展するような素因は双方に皆無で、まさにお互いに「いい人」状態である。密かに「イイなあ」と思ったことも一度もないし、今後もない。ガチで断言できる。

なのに、なのにである。夢の中では2人はただならぬ仲で、同じ布団の中でお互いの体温を確かめ合うような関係なのである。薄暗い部屋の隅で、無言で抱き合っているただそれだけの夢である。残念ながら生々しい行為のシーンはなかった。

これらの現象は、わたくしの潜在意識なのだろうか。どう考えてもその人ことを好きだとか全く感じないし、日常生活で彼を思い浮かべるようなことすらない。ただの1ミリもない。用があるときに連絡する程度の(それも年に数回)の純然たるただの友人である。

おそらく彼との性行為そのもののシーンが夢に登場しないのは、性的願望を全く抱いてはいないからであろう。漠然とした男性(ひょっとして父性?)への憧れの偶像として、何らかの理由で彼が抜擢されたのかもしれない。理由は分からないし、思い当たるふしもない。

夢の中の2人は接吻もそれ以上の行為もなく、ただ着衣のまま抱きしめ合っていた。不思議なくらいプラトニックだった。

何となく、村上春樹の読み過ぎ感漂う夢であった。

Apr 9 '14

コピペ

いつもじぶんのスピーチ原稿をわたくしに丸投げしている上司から「こーゆーご時世だからコピペだけはやめろ」と言われた。

本当にありがとうございました。

Apr 8 '14

母親たちはなぜ群れるのか?

毎年この季節になると、学校の多い沿線のホームや車内に入学式の格好をした親子連れが湧いてくる。

それ自体は微笑ましいことなのだが、一部の母親たちによる集団行動には眉をひそめたくなる。あちこちに2,3人ずつのグループを形成し、子どもそっちのけでペチャクチャ喋っておる。いったい何をそんなに喋ることがあるのか?聞こえてくるのはしょうもない話題ばかりである。

別に上品で高尚な話をしろなどと言っておるのではない。群れてワーキャーするのをどうにかしてほしいのだ。これがいわゆるママ友の本質なのかもしらんが、みっともないことこの上ない。

新学期である。子どもの学習や生活態度をどうのこうの言う前に、母親自身がじぶんの言動を見直すべきだ。母親同士のムダな群れ行動は、子どもに1ミリも有益ではないことを肝に銘ずべし。

入学式の日ぐらい、親子で静かに桜を眺めなさい。

Apr 4 '14

about me

なんとなくプロフィールを書き換えました。
右上の about me のとこからご覧になれます。
今年度もよろしくお願いいたします。

Apr 1 '14

年度末オトナニッキ

久々に書いてみる気になりました。以下、お下劣極まりない内容となっておりますので、良い子はそっとブラウザ閉じてください。

わたくしは男性の服を脱がすのが好きです。

ホテルのお部屋に入って、とるものもとりあえず夢中に貪るようにチューしながら、シャツのボタンを外したり、ズボンのベルトを緩めたりするのがとても好きです。着衣のままベッドに横たわった男性のウエストの隙間からいきなり手を入れて、衣類の中でまだふにゃふにゃしているちんこを握るのも趣があります。「全裸に靴下だけ」という一般的にはマヌケと称される格好に対しても敬意を払い、ちんこを愛撫しながらそっと脱がしてあげることも思いやりです。だからといって、脱いだ服をハンガーにかけてあげるのはやり過ぎです。衣類のシワが気になり、どうしてもハンガーにかけたいのなら、それは男性本人にやらせましょう。男性が上着やズボンをハンガーにかけている間も、ずっとちんこをあぐあぐしてサポートするのが本当の優しさです。

国際社会において、これらの行為が「はしたない」「下品」「非文化的」という評価をされる方々もいらっしゃいますが、その見方は間違っています。

男性のちんこをわたくしでしかできないお迎え方をしているのです。それは日本語ではたった一言で表現できます。

お・も・て・な・し

おもてなし。それは、訪れるちんこを心から慈しみお迎えするという深い意味があります。先祖代々受け継がれてまいりました。以来、現代日本の先端セックスにもしっかりと根付いているのです。(滝川クリステル談)

Mar 29 '14

朝ドラ展開

数日前、シゴト帰りに地元駅のみどりの窓口に立ち寄り、乗車券のことで少しばかり質問をした。

わたくしのような不慣れな中高年相手に切符の買い方を教える係の駅員さんだった。駅員さんは時刻表片手にわたくしの質問に真摯に対応してくれたし、その説明も非常にわかりやすかった。わたくしは丁重にお礼を述べて、その場を去った。

んで、今朝のこと。いつものように足早に改札付近を歩いていたら、件の駅員さんがいた。そして思いっきり目が合ったのである。

駅員さんは笑顔でわたくしに「おはようございます、行ってらっしゃい!」と声をかけてくれた。

わたくしも立ち止まって「行ってきます」と挨拶した。

なに、この朝ドラ展開!

わたくしはこの後、アイドルを夢見て上京するわけだが、駅員さんも応援してくれるに違いない。わたくしも地元のためにがんばって歌おうと思う。
Mar 26 '14

褒めようのない顔

先日デパートの化粧品売り場で化粧された時のこと。

たまに化粧水や日焼け止めを買うぐらいの店なのだが、カウンターでiPhoneの充電してくれるので重宝している。その日も充電目的で立ち寄ったら「その間、メイクしてさしあげましょう!」などとキレイな店員さんに言われた。

「いいけど今日は何も買いませんよ」「いいんですいいんです」

そんなやり取りの後、わたくしの顔面に化学物質を塗り始めるおねいちゃん。一応商売だから、製品の特長をあれこれ述べながらである。「お肌の奥のなんちゃら細胞を活性化させる」とか「保湿力が高くてどうのこうの」とか、100%キョーミのないことばかりなのでテキトーに聞き流す。しらんがな。

んでもって、おねいちゃんは調子にのり、今度はわたくしのことを褒め殺しはじめたではないか。「お肌柔らかいですね〜」「毛穴も目立ちませんね〜」リップサービスもたいがいにしてほしいので、これもテキトーに聞き流した。

ところがである。次におねいちゃんが発したコトバに耳を疑ったのである。

「左右の眉が対称でキレイですね〜」

はあああああああ?そこ褒めるとこなの?そんな褒め方ってあるの?てか、そもそも褒めてんの?

様々なギモンが頭ン中グルグルしてきたんで、ここはひとつ率直に尋ねてみることにした。

「そ、それって褒めてるんですか?」

おねいちゃんは自信たっぷりに「モチロンです!いままでいろんな方のメイクをしましたが、左右の眉の高さや長さが揃ってない方が意外と多いんですよ!」との仰せであった。わたくし思わず吹き出しそうになった。

いくらブサイクでもほかにお世辞の言いようがあるだろ。褒めようのない顔ってことがバレバレだぞ。そんなことより、マスカラぬるのはヤメレ!劇団四季みたいな顔になるつーの!

その日の午後、化粧した顔で会った友人に「なんでメイクしてんの?」って笑われてしもうたやないか。こんにゃろ。

Mar 24 '14

怒鳴らないでください

怒りの感情をあらわにするとき、大声で怒鳴ったり、机を叩いたりする心理ってなんなの?

そんなことされると、小心者のわたくしはティラノサウルスに捕食された気分に陥り、一言も言い返すことが出来ない。なぜちゃんと弁明しないのだと怒声を浴びせられたので、正直に「いきなり怒られたので気後れしました」と告白したら、ますます逆鱗に触れた。

そのときわたくしの体の芯が冷えて、すべての感情が消え失せて、思考回路がパタッとショートした。

お願いです、怒鳴らないでください。

Mar 23 '14

鎌倉をDisる

日曜の朝にテレビをつけると、鎌倉特集をやってる場面に多々ソーグーする。今朝もそうだった。タレントさんが陽気に食べ歩きしていた。

わたくしの鎌倉に関する公式見解は以下のとーり。

春の鎌倉:
やめたほうがいい。梅や桜の季節になると観光客が日本中から押し寄せる。渋滞でゆっくり写真も撮れやしない。

夏の鎌倉:
無理無理無理無理。すっげぇ暑い上に人大杉。修学旅行の学生がわんさかいてまじうざい。

秋の鎌倉:
さいあく。紅葉目当てのジジババ大群がリュック背負って横須賀線と江ノ電に湧いてくる。

冬の鎌倉:
初詣客と受験生でごった返すんで駅がチョーカオス。もうやだ。

結論:
こんなとこに幕府開いた頼朝が悪い。

Mar 22 '14

湯治

夕方から激しい頭痛に見舞われ、嘔吐した。日頃ビョーキになれてないので、ちょっとした痛みにすぐ弱音を吐くヘタレ体質である。

おでこに冷えピタを貼り横になっても治らない。ニコ生聞いて気分転換してもダメ。ポカリスエット飲んだり、コーヒー飲んだりしたけど効果なし。んで、今は熱いお風呂に入っている。(風呂からiPhoneて更新)

少し良くなった希ガス。これぞまさに湯治。

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医者キライ薬キライでごめんなさい。

Mar 22 '14

弔辞

今日、ほんものの十二月の旅人になってしまった君を見送ってきました。 

ぼくと細野さんと茂の三人で棺を支えて。 
持ち方が緩いとか甘いなとか、ニヤッとしながら叱らないでください。

眠るような顔のそばに花を置きながら、 
ぼくの言葉と君の旋律は、こうして毛細血管でつながってると思いました。 
だから片方が肉体を失えば、残された方は心臓を素手でもぎ取られた気がします。

1969年雨の夜、ぼくは初めて君の部屋を訪ねた。
六本木通りでタクシーに手を上げながら、
濡れた路面が鏡のように映す街の灯に見とれていた。
布団と炬燵しかない部屋に寝転んで、
来る途中、見てきた光景をぼくは紙に書いた。
君は時々、ギターを弾きながら、漫画を読んでいたが、
詞を二つ書き上げる時分には、うとうと眠ってた。
炬燵の上に、書き上げたばかりの詞を置いて、
ぼくは帰った。
「曲がついたよ」と君が言うので、
西麻布のぼくの部屋に楽器を抱えて四人集まった。
聴きながら、ぼくは「あ、できた」と思った。
それが「春よ来い」と、「十二月の雨の日」である。

北へ還る十二月の旅人よ。ぼくらが灰になって消滅しても、残した作品たちは永遠に不死だね。 
なぜ謎のように「十二月」という単語が詩の中にでてくるのか、やっとわかったよ。 
苦く美しい青春をありがとう。

松本隆